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ゆらのふなびと

競プロ, Python, C++

仲間を守るか世界を守るか。「結局は立場の違い」

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仮面ライダー鎧武22話_世界そのものを屈服させる力を欲するとはどういうことか?(2935文字) - 猫箱ただひとつ。

↑の記事のミクロの世界の住人とマクロの世界の住人という話を読んで、ギャングスタ・リパブリカの禊を思い出しました。彼女は後者ですよね。救世主として衆生の幸福の量を計算し統治するのが凛堂家の役目だと言っていました。それに対して希は「お前のやり方では個人の内面には立ち入らず幸福を最大化するんだな…まあそれもありかもしれない」と言い、ゆとりは「世界の基本単位は仲間だ」と反駁します。*1でも最終的には「この話はどこまでいってもすれ違う。結局は立場の違い」なんですよね。どちらの立場を自分が選んだか……というだけの問題。その人の姿勢が覚悟に裏打ちされたものであれば容易に彼/彼女に口出しすることはできない。

それと、こおりは禊に対して「自分を勘定の外に置くな」「自分を大切にして」と言いますが、禊は「救世主とは引き受ける者。頼るものではない……立場が根本的に異なる」と答えます。ミクロの世界で仲間同士守り合うのとは違って、マクロの世界だとどうしても救われる側と救う側との間に隔絶ができてしまう。では救う側も救われるにはどうしたらいいか? そのためには、救う側の人間に、別の尺度で仲間がいればいいんじゃないかというのが私の暫定的な解です。例えば、救世主として衆生の救済に努める禊に、叶たちのような仲間がいれば禊も気遣ってもらえる訳で。マクロを救おうとして自分がないがしろになるのはある程度仕方ないかと思うので、そういう人間は別の尺度でミクロなつながりを築けたらいいんじゃないかと。

*1:「」内はイメージ的な引用です