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『いなくなれ、群青』感想

いなくなれ、群青 (新潮文庫)

「この物語はどうしようもなく、彼女に出会った時から始まる。」

エンターテイメント度:★★★☆☆
感動度:★★★★☆
言葉度:★★★★☆
(+雰囲気がとても好き!)

 「心を穿つ青春ミステリ」。その謳い文句と装丁に心を引かれ手に取ると、すぐにこの本の雰囲気に引き込まれた。物語の舞台は「階段島」。ここは捨てられた人たちの島だ。この島を出るには、”自分”が失くしたものを見つけなければならない。
 主人公の七草は徹底した悲観主義者。階段島の停滞した安定を好み、ここから抜け出そうとは考えていなかった。しかしその生活は少女・真辺由宇との再会を機に一変する。
 真辺はどこまでもまっすぐな少女だ。理想を頑なに信じ、ひたすら前に進み続ける。真辺と七草は正反対だった。
 真辺に出会った七草は、ある決意を固めた。そして起こった連続落書き事件。七草や真辺が失くしたものとは何か。この島が存在する本当の理由とは。それぞれの想いを胸に、二人は階段島の現実に立ち向かってゆく――。

 『いなくなれ、群青』は「階段島シリーズ」の第1巻。次巻は2015年春刊行とのこと。私は絶対買います。

 

 ここからネタバレ感想。

 

階段島について

 階段島には小学生以下の子どもがほとんど存在しない。これは何を意味するか? 階段島が「自分に捨てられた自分」の居場所だとしたら、小学生までに自分を捨てる人はほとんどいないということだ。中学生くらいになると周りの目が気になるようになって、今までの自分を捨てる人が出てくる。
 それを「成長」と呼んでいいのだろうか?

「納得できない」
「どうして?」
「なにかを捨てて進むのが成長だとは、認めたくない」
「そんなのは言い回しの問題だよ。あらゆる成長は、弱い自分や、間違った自分を捨てることだ」
「でも、この島は確かにあるんだよ」

「ただの言い回しではなくって、確かに捨てられたきみと私がいるんだよ」
――p.294

 階段島の存在や、「捨てられた自分」の人格を認めるなら答えは真辺の言うとおり否なんだろう。
 確かなことは、「今までの自分を捨てる」ことと「変わる」ことは違うということだ。人は置かれた環境や接する人の違いによって否応なく変わっていく。それは自然なこと。しかし自分と外界との間にできた隔絶が大きすぎると「自分を捨てる」という選択肢が浮上してしまうのだろう。
 折り合いをつけることは時には必要かもしれない。しかし自分を完全に捨てるのではなく、あくまで「折り合いを探す」という道を取れれば――と、思う。

 

 階段島の人たちは年を取らないのだろうか? 私は取らないのではないかと思う。そうすると寮の大人たちが子供っぽいのにも納得がいく。

 

 七草は過去にもこの島に来ていたらしい。送電塔の中田さんが、7・8年前に小学生の少年が来て、ピストルと星の絵の手紙をくれたと言っていた(p.151)。七草はいま高等部1年だから7・8年前ということは小学校低学年。彼が父親にピストルスターのことを教わったのは小学校に入る前(p.177)だから時間軸的には整合する。なお真辺と出会ったのは小学4年生のとき(p.27)だから、7・8年前というのはそれより前。
 とすれば、七草は7・8年前にも一度自分を捨てたことになる。なぜ? そしてその時はどうして戻ることができた? 現実の自分が失くした自分を取り戻したから? だとしたらそれはなぜ?
 この辺りは次巻以降の謎である。

 

 あと、これ。

「それでも、どうしようもないのですよ。階段島だけが特別なわけではありません。人生というのはそういうものです。不透明な力で生まれた支配者によって、知らない間に決められたルールに従って、その中で生きていくものです。魔女の名前を王様や政治家に置き換えると、貴方は納得できますか?」
――p.41・トクメ先生

 そんなものなのかなあ。現実って。確かに自分の力ではどうにもならないことはあって、その「不条理」を受け入れて生きていくことは必要なんだけど。

 

ピストルスター

「遠く離れていても、信じられないくらいに明るい星が、僕たちの頭の上にはあるんだよ。それがなんだか嬉しいんだ」

 

 僕にとってのピストルスター。暗い宇宙で、なによりも明るく輝く星。なのに人々にはその光がほとんど届かない星。
 それは少しだけ悲しい。でもピストルスターはきっと、そんなこと気にも留めない。その星の美しさと気高さを、きっと誰も知らない。ピストルスター自身さえも。誇りもせず、鼻にもかけず、ただ輝いている。なによりも強く。

 

「いけないことより、大切なことがあるから」
 僕はピストルスターを護りたいのだ。たとえ僕にまで光が届かなかったとしても、それが輝いているだけでいい。

――p.222~224抜粋

 七草にとってのピストルスターは真辺由宇に重なる。「人々にはその光が届かない」=理解されない、「ピストルスターの輝き」=真辺の真っ直ぐさ、と捉えた。真辺の崇高さは真辺自身さえ知らない。まっすぐで尊い真辺の在り方<ピストルスター>を、七草は守りたかった。

 

 遠く離れていていいんだ。互いの姿が見えないくらいに、遠く。星と星ほどの距離まで。

――それはとても大きな星だ。/でも地球から遠く離れているから、僕たちが目にする輝きはささやかだ。ピストルスターはひっそりと、でも強く、気高く輝いている。僕はピストルスターの輝きを愛している。たとえその光が、僕の暗闇を照らさなかったとしても。

 いってみればそれが、真辺に対する感情のすべてだ。

「僕は真辺の隣にいたいわけじゃない。ただ彼女が、彼女のままいてくれればそれでいいんだよ。馬鹿みたいにまっすぐに、強い光みたいに理想を追い続ける彼女がこの世界のどこかにいるのなら、それだけでいい」

 僕と彼女は、まったく違う。
 考え方も生き方も違う。彼女の理想は、僕にとっての理想ではない。真辺由宇のように生きたいと思ったことなんて、ただの一度もない。
 それでも、真辺由宇は僕にとっての英雄だった。
 僕の目に映った、最も綺麗なものだった。
 それが汚れるところなんて見たくはなかった。その美しさを保てるのなら、何を犠牲にしてもよかった。
 まったく違っていても、理想が食い違っていても、真辺由宇の人格がなによりも愛おしい。

 僕にとっては、真辺由宇の理想なんてどうでもよくって。ゴールなんてどこにあろうと、知ったことではなくって。
 ある一点に向かって突き進む彼女の姿だけが、すべてだ。

「僕はね、少しでも彼女が欠けるところをみたくないんだ。どうしようもなく、ただ嫌なんだよ」
――p.256~259抜粋

 胸を打たれるほど美しいものを目にした時、それが少しでも傷つくところは見たくないと思ってしまう。それはなんとなくわかる。私はG線上の魔王の椿姫を思い出した。椿姫はとても純粋で穢れを知らない少女だった。それが魔王との接触を機に、疑いや憎しみといった感情を知っていく。そしてついには弟に手を上げた。その過程を見ていて、胸が痛んだのだ。あの清純だった椿姫が汚れていくのが嫌だったのだ。たぶん七草の恐れは私の感じたこれと似ているんじゃないかと思う。
 
 「ある一点に向かって突き進む彼女の姿」は、百万回生きた猫が言っていた「幸福の本質」に通じる。

「でも、なんとなく予想はついたよ。つまり幸せってのは、風を感じることなんだ」

「風を感じるってのはね、つまり移動しているってことなんだ。大きな字で幸せって書いた黄色い旗が、どこかにぽつんと立っているとしよう」

「でもね、その旗の下で丸まってりゃいいってもんじゃないんだよ。そこがどんな楽園でも、満ち足りた場所でも、停滞していると幸せとは呼べない。旗に向かってにじり寄っていく、その移動こそが幸せの本質だ
――p.11・百万回生きた猫

 突き進み続ける真辺と、停滞を求める七草。その二人の姿はまるで正反対。「僕たちは根本から矛盾している」

 

「違うよ。七草だけが、私を見捨てなかった」

「まっくらやみの中にいるような気分になることがある。豆電球が一つあれば救われるのに、私はそれを持っていないの。二年間、何度もそんな気がした。そのたびにきみのことを思い出した」

「ずっと知っていたよ。七草が、いつも私の手元を照らしてくれていたんだ。私はずっと、きみに護られていたんだ」
――p.269~273抜粋

 

「君はひとりで、この島を出るんだ」
「どうして?」
「それが、僕の理想だからだよ」
 たったひとつだけ、護りたいものがあった。そのほかのすべてを捨ててでもひとつだけ、絶対にあきらめられないものがあった。
 馬鹿みたいにまっすぐで、強くてか弱い理想主義者を、綺麗なまま、純粋なまま、わずかな欠けも歪みもなく保ちたかった。それだけでよかった。それだけが僕の理想のすべてだった。

 こんなにも怖ろしい想像はなかった。僕は、七草は、たったひとつだけ護りたかったものを自分の手で欠けさせたのだ。とても許せることではなかった。
「僕たちは初めから、矛盾しているんだよ」
 真辺由宇は僕の英雄で、たったひとつだけ確かに綺麗なもので、でも僕は彼女に共感できない。彼女の理想は気高く輝いていて、でもそれはいつだって僕の結論とは一致しない。僕たちは本来、共に歩くことができない。
 ――だから二年前、僕は笑ったんだ。
 僕は初めから、彼女と一緒にいることを諦めていて。ただ美しく幕が引かれることだけを望んでいた、ひとつの欠けもないまま僕の前から真辺が立ち去って、あとは綺麗な思い出だけを飾って生きていけることに、安心したんだ。
 真辺由宇は僕にとってのピストルスターでよかった。群青色の空に浮かぶ、決して手の届かないものでよかった。この世界のどこかで、変わらずに輝いていると信じられればよかった。それだけで僕の救いだった。それだけが僕の望みだった。それだけだった。本当に。なのに。
 きっと僕たちは再会して、また一緒にいたいと願ってしまった。
 たぶん、同じ結末を目指したいと祈ってしまった。
 だから僕たちは、矛盾する僕たちを捨てるしかなかったのだろう。七草は悲観主義を捨て、そして、真辺由宇は理想主義を捨てた。
 「僕たちは本来、一緒にいちゃいけないんだ」
 だから僕は、この島に留まるんだ。
 真辺が理想主義を捨てなくてもいいくらい、現実の僕は、きちんと悲観主義を捨てなければならない。僕はゴミ箱の底でひっそりと息をひそめているしかない。
――p.291~295抜粋

 

 

 

「約束しよう、七草

「私たちは必ず、また出会うんだよ」
――p.300

 

 

 

 昔みたあの星空を思い出して、なんだか泣きたかった。真辺由宇はずっと遠くに行って、僕にはもうその輝きをみつけられない。これでいいんだ。これが、最良なんだ。なのに胸がずきずきと痛む。頭を振って、あの夜空を忘れようとする。いなくなれ群青、と囁く。僕は暗闇の中にいればいい。気高い光が、僕を照らす必要はない。
――p.301

 真辺の輝きを護ろうとして、そうやって自分を傷つけ続ける七草の姿はあまりに悲痛だ。彼女を護るためなら自分がそばにいられなくてもいいという気持ちは崇高なのかもしれない。でも、一緒に居られるならその方がいいに決まっている。
 そして真辺は、絶対にそれを諦めない。

 

 音のないグラウンドに向かって、足を踏み出した。そのときだった。
 彼女の声が聞こえた。
七草
 思わず口元がほころんで、納得する。
 やっぱり僕は、勝負に負けたようだった。


七草は、私が戻ってこない方がよかった?」
 まったく、なんて質問だ。
 彼女がいるといつだって、僕は余計な苦労を背負い込む。不幸と幸福が、まるで手を伸ばせば届きそうな場所まで迫ってくる。
 仕方なく僕は首を振った。
「また会えて嬉しいよ。もちろん」
 どうしようもなく、嬉しい。彼女が欠けてしまうことへの恐怖さえ、忘れそうになるくらいに。

 

「よかった。私には、どうしても許せないことがあるの。どうしても、ここに戻ってこないといけなかったの。物事に順序なんてつけたくはないけれど、それはたぶん、私にとっていちばん大切なことなの」
「なにが、許せないの?」
「きみと私のことだよ」
 真辺が一歩、僕に近づく。
 影の位置が変わり、月光の下で、彼女の頬がわずかに上気しているのに気づいた。
「私たちがそのままじゃ上手くやっていけないなんて、信じたくない。それじゃまるで今までは幸せじゃなかったみたいだもの。私は、現実の私たちが間違っているんだって証明する」
 彼女の言葉がしばらく途切れて、それで世界が息をひそめた。
 まるで宇宙の中心みたいに、月明かりが彼女だけを照らしていた。
 彼女は頬を赤らめたまま、まっすぐに僕をみつめていた。ゆっくりと開いた口から漏れた声は、ずっと遠い星から僕の下まで届いたように、小さく、か細く、不安定に震えていた。
「だから、お願い。迷惑じゃなければ、手伝ってください」
 それは二年前に聞いた、彼女の泣き声に似ていた。
 でももちろん、まったくの別物だった。

 

 真辺由宇が手を差し出して、僕はその手をつかむ。
 この物語はどうしようもなく、彼女に出会った時から始まる。

 

――「エピローグ」より抜粋

 

 七草にとってのピストルスターは――真辺由宇は、七草を照らすのをやめなかった。それが、どうしようもなく嬉しかった。

 

「言葉」について

「言葉」について、興味深い言葉がいくつかあったので引用する。

 

「あらゆる言葉は、誰かを傷つける可能性を持っている。明るい言葉でも愛に満ちた言葉でも、どんな時にも間違いのない言葉なんてないよ」
――p.51・七草

 それを過度に恐れているのが堀だ。

 きっと彼女は繊細で、言葉を丁寧に扱おうとしすぎるのだ。
 あらゆる誤解に怯えていて、できるなら誰も傷つけたくなくて、だから咄嗟には何もしゃべれなくなってしまう。一人きりじっと思考して、満足いくだけの注釈を並べ終えてからようやく、それを相手に伝えられるのだ。
――p.139

 あらゆる言葉は、誰かを傷つける可能性を持っている。個々人の価値観やそれまでの体験が異なる以上これは避けられない。だから恐れすぎることはない。言葉を発するときや受け取るときに少し気をつけたらいい。どちらかというと受け取るときにこそ気をつけたい。人の言葉に感情を左右されるのってあまりよくないと思うので。

 

百万通りの喜びを喜びと言う言葉で表して、百万通りの悲しみを悲しみという言葉で表して、どんな意味があるというのだろう?
――p.255七草

 体験は固有のもの。言語化は捨象を伴う。短い言葉にすればするほど体験は具体性を失っていく。だからこそ、本質を端的に言い表した言葉は魅力的なのかもしれない。


その他引用

「感情的な問題を、冷静に解決しても仕方ないじゃない」
――p.134・真辺

 この言葉の意味はちょっと掴みかねてる。感情に対しては感情で相対するのが誠実だということだろうか。あるいは、理屈は感情とは相容れない部分があるという意味か。後者ならなんとなくわかるのだけれど。どちらにせよちょっとドキッとする言葉。

 

「人間は、本当に大切なことはなにも知りたがらないからね」
「好きな星は大切なことかな?」
「食べ物や色なんかよりは、ずっとね」
「どうして?」
「決め難いからだよ。決め難いことを決めるには、どうしても体験か、哲学が必要になる。本当に尋ねるべき質問はこうだ。――貴方が最後に、影をまじまじとみたのはいつですか? 爪切りを買う時の判断基準は何ですか? 好きな星はなんですか? 食べ物や色はどうでもいい。職業にも生年月日にも意味はない
――p.175 百万回生きた猫・七草

 太字前者は、無価値に思えるものでも個人的な体験や意味づけによって価値を持ちうるという『ガラクタ』理論に通じる思想だと解釈した。後者は確かにその通り。出身地とか誕生日とかやたら人に聞くけど、それらの情報がその人を理解する助けになっているかと言えばそうでもない。会話のとっかかりとしては有用かもしれないが、お互いの好きなこととか、より細かいところにフォーカスしていかなければ相手との関係性は深まらない。*1

 

「だめ。約束するの。私は約束だと思ってる」
「一方的な約束は約束じゃない」
「それでもだよ。私のほうは約束だと思ってる。いつかきみの気が変わったら、いつでも本当の約束になるでしょ?」
――p.198真辺・七草

 屁理屈みたいだけど、こういう真辺のまっすぐさはいいなと思う。七草のように、彼女の輝きが欠けることのないようにと望んでしまう。

 ここで真辺が言ってるのはもはや「決意」だよね。でも決意を一人でしようとすると脆いから、「約束」という概念を使うことで束縛力を強められるという効果はあるかもしれない。あーそれいいな。

 

「でも君はちょっと極端なんだ。正しいことの正しさを信じすぎている。他の人はもっと、正しいことがそれほどは正しくないんじゃないかと疑っている」
――p.212七草

 「正しさを信じられる」ってそれ自体才能みたいなものなのかもね。いくら自分がやりたくて始めたことだって、「こんなことしてて意味あるのかな」と思ってしまうのが人の性というもの。でも真辺にはたぶんそれがない。正しさを信じられるのはある意味危険でもあるのだけれど、彼女の揺らがない姿勢にはやっぱりよさを感じてしまう。自分にはないものだからね。

 

 

 

―――

 

上には書かなかったんですが、七草のちょっと暗めな独白も好きです。冒頭の「どこにもいけないものがある」とか、1話冒頭の「道端の石ころや少しへこんだ空き缶なんかを気に入る感情こそ本物」とか。とにかくこの本は「雰囲気が好き」で、そういう本って久しぶりだったので出会えてよかったと思いました。続編は絶っ対読みますよ!

ということで、『いなくなれ、群青』感想でした。またね!

*1:「社会的な分人」の域を脱しない