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ゆらのふなびと

競プロ, Python, C++

夢と記憶と現実と。~キムタク&ナイナイ岡村と無車輪スケボーで勝負した夢から考える

考えたこと

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このライオンちゃんどんな夢をみてるんでしょうね。百獣の王も寝顔は意外とかわいい……。っていうかライオンも夢見るのかな?

 

3週間前から夢日記をつけているのですが、今朝の夢が興味深くそれをきっかけにいろいろ考えてみたので、ぐにゃぐにゃと思考を書いていきます。

【ラインナップ!】

  1. 今朝見た夢の話(キムタク&ナイナイ岡村との勝負)
  2. 夢は記憶の整理?
  3. 夢日記、そのたった一つの懸念

  

私の夢にキムタクが!?

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恋する乙女の気分でサブタイトルをつけました。

 

今朝の夢の話。

 

キムタク&ナインティナインの岡村と、スケボーで勝負をすることになった。といってもただのスケボーではなく、今回の名目は「無車輪スケボー4回転ジャンプ」(この言葉のまま夢ではっきりと告げられた)。

無車輪スケボーとは、スケボーの車輪をとったもの(ただしこれは夢の中の造語である)。車輪なかったら動かないじゃん!? と思うのだが以外にもよく滑る作りになっている。このスケボーの上に乗ったまま勢いをつけて4回転ジャンプし、スケボー再び着地できたらクリア。先にクリアした人が勝ち。

私は一人で試行錯誤するが、キムタクと岡村は協力してやっていた。なぜか「無車輪スケボー」は配給されていなかったので仕方なく座布団を代用して練習していた。らちが明かないのでキムタクたちのところにいくと、キムタクたちも座布団を使っていた。もはや座布団4回転ジャンプ。

情報交換をするも有用な情報が得られなかったので、私は自室に戻り一度寝ることにする。眠ればいいアイデアも浮かぶだろうと考えた。しかし勝負中に寝るとは我ながらいい度胸である(しかもキムタクとナイナイ岡村相手に)。

目覚めると一つ試したいアイデアが浮かんでいた。ふとキムタクたちの様子を見に部屋の外に出るとキムタクたちの姿はない。どうやら外にいるらしかった。自室の窓から外を見ようとして部屋に戻る。しかし窓に近づこうとするとその方向に窓がない。しかも上下左右の感覚が混濁し、窓があるはずの方向に進もうとしてもなかなか進めない。次第に景色が崩れ、私の視界には現実の自室のクローゼットが横向きに映っていた。

しばらくして私は現実世界で布団に横たわっていることに気づく。どうやら横になったままの上下感覚で夢の世界を進もうとしていたらしい。それでは足場がなく進めないのも当然だ。

目が覚めてもなお私は窓から外を見ようとしていた。そこにキムタクと岡村の姿を確かめようとして。しかしカーテンを開けようとして私は再びそれが夢であることを思い出した。

 

これが今日の夢の顛末。

 

夢と記憶の整理?

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不思議なのは、夢に出てきたいくつかのモチーフについて、その日体験したこととの関連が見られることです。

この日私はグリザイアの果実とG線上のアリアの体験版をプレイしました。4回転ジャンプはG線上~に出てくる主人公の妹でフィギュアスケート選手の浅井花音が挑戦していた技です。また、G線上の~つながりでバッハの曲をいくつか聴いたのですが、独奏の曲には「無伴奏ヴァイオリンのための~」というようなタイトルがついていました。スケボーの「無車輪」という言葉はこの「無伴奏」から来たように思えます。(でなければ「無車輪」なんていう言い方はあまりしないだろう)

また、夢の終盤で上下感覚が狂うシーン、これはグリザイアの果実の天音の過去シーンで、部活のバスが横転したときの状況と同じです。横転直後、天音が一姫に左腕の上にのっているから早くどけと言われ起き上がろうとするのですが、天音は自分の上下感覚と視覚情報の不一致に戸惑います。「床がない――?」 実際はバスが横転しているため足の方向に床がないというだけのことでした。

 

よく、人間は寝ている間に記憶が整理されると言いますが、夢にその日経験したことが出てくるのはその表れではないかと感じます。

この2週間で見た夢では他にも

  • 研究室見学に行った日の夢にその研究室の教授が出てくる
  • 『春季限定ポコ・ア・ポコ!』の桜ルートを終えた次の日にTwitterで桜とリプを交わす夢を見る(これは楽しかった)
  • セロ弾きのゴーシュを読んだ日、小さな部屋にネズミが投げ込まれるの夢を見た(作中でネズミの親子が子どもを治してもらいに来た時の、ゴーシュがチェロの中にネズミを投げ込むシーンに由来すると思われる)

なんていうことがありました。

 

もし夢がインプットした知識の関連性を見出そうとしている行為だとしたらなんだかわくわくします。私はそれを捕まえるために夢日記を書き続けたいと思うのです。

 

(一方でその日の経験と関係ないことが夢に出てくるのも事実。今回だったらキムタクと岡村がなぜ出てきたのかは全くの謎。私は一人暮らしを始めてから2年半TVなしで生きているし芸能にほとんど興味がないので、最後に彼らの顔を見たのがいつだったかすら怪しい。なので記憶の関連付けが過去の記憶も含めて行われていると考えるのが妥当かもしれない)

 

夢日記、そのたった一つの懸念

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(ここからなぜか口調が「だ」「である」になります)

 

よく夢日記をつけると精神崩壊すると言うが、あれは本当だろうか。もし本当だとしたら、その理由は「夢から現実への切り替えができなくなること」かもしれない。

私は夢日記をつける中で、夢の忘却スピードの速さに驚かされてきた。起きてすぐ忘れないうちに書こうと思っても、PCを立ち上げて日記用に使っている非公開のブログを開くまでのほんの5分で忘れてしまう情報のなんと多いこと。できるだけ覚えておけるように頭の中で何度も反復しているのだが、それでも「あの時なんて言われたんだっけ……」とか「あそこで話しかけてきたの誰だっけ……」となったり、夢の一部が完全に記憶から欠落したりする。実感としては、日記に書く段階で覚えているのは自分が見た夢の10%くらいしかない。

なぜこんなにも忘却スピードが速いのかといったら、それは「夢から現実への切り替えをスムーズにするため」ではないかと思うのだ。

私たちは起きている間、現実の世界で他者と時間を共有している。それに対して、夢の世界は自分だけのものだ。もし夢に友人が出てきたとしても、その友人は現実世界の友人とは別の存在であるということが分かっていなければ、現実世界での生活に支障をきたすことになる。

だから私たちは、夢から覚めるときにスイッチを切り変えなくてはならない。それが夢の忘却スピードの正体だ、と仮定してみる。

ところが夢日記をつけ続けていると、夢の内容を起きても覚えていることが容易になる。それは夢→現実への切り替えがあいまいになるということ。これがひどくなると夢の世界を引きずったまま、切り替えられないまま現実で人と接することになり、「アイツは頭がおかしい」と言われてしまうのではないか。

 

まとめ

「夢は記憶の整理に有用でありその世界を覗くことは非常に面白いが、夢日記により夢→現実のスイッチが曖昧になり現実世界を侵食する可能性がある(という仮説)」

 

まだ夢日記つけ始めて3週間ですし、実際に精神崩壊したわけでもないのであくまで仮説なんですけどねー。夢についていろいろと考えることができたので面白かったです。

今朝の夢は久しぶりに「起きてもしばらく夢を引きずる」というのを体験しました。目覚めてすぐ「あ、夢だったのか」と気づかないと何だか怖いと思ってしまいます。夢の中で自分がどんなことしててもそれは夢なので別にいいのですが、現実世界で自分が意図していない行動を取ると自分が自分でなくなったような気がするというか……。

 

そういえば夢の中で自由に動きまわれるという人もいますね。明晰夢ってやつですか。自分はそういうのを全然見ないので、夢の中の自分は「違う自分」、しかも夢ごとに内容も場所も全然違うので夢の世界には毎回新しい自分が生まれて目覚めるたびに死んでゆくんだと思っています。

 

ということで、夢についてのお話でした。

 

 

 

いい夢見ろよ!(誰)