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ゆらのふなびと

競プロ, Python, C++

人と話さないと、話すのも考えるのも「下手になる」

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「上手くならない」のではなく「下手になる」。

諸悪の根源は、言葉が自分用に最適化されていくことです。

 

 

言葉が自分用に最適化されるっていうのは、

言葉の使い方が自分に都合のいい形になる

or 自分以外の人にはわかりにくくなる、っていうことです。

人と話さないでいると、自分の頭の中で考えるだけなので

どんどん言葉が自分向けのスタイルになってきます。

そうすると、話すのがうまくならないどころか、下手になると思うのです。

 

時々人と話して、

自分の頭の中にあるイメージを言葉で伝えるということをしていれば、

言葉が自分だけのものになってしまうことはある程度防げるはず。

そうすれば、話すのが下手になる=他人との意思疎通ができにくくなる可能性も下げられると思います。

 

 

では、「考える」のが下手になるというのは?

 

言葉が自分用になるということは、要は思考のクセがつくということです。

スポーツでも、我流が身についてしまうと成長が妨げられるといいます。

同じことが、考えることにおいても言えるんじゃないかと。

 

思考のクセは「経験則」を使うときには便利です。

自分が今まで考えてきたことをパッと当てはめることができる。

でも、これをやりすぎると怖いのは、

そのうち考えることすらできなくなるということ。

 

ブラックボックス化された思考で、時間をかけずに答えを出し続ける。

そのスタイルはスピードの点では勝りますが精度の点では劣っています。

他人に分からない自分だけのメソッド

それを育てすぎてしまうのはあまりに不安定です。 

 

 

上に書いたような話すことの効果は、ブログでも言えると思います。

こうやってときどき自分の考えたことをブログに書くことで、言葉の調律ができる。

考えたことの根拠が不確かなまま実感だけ深まっていくのを防ぐことができる。

だからこそ、ブログを「書き続ける」ことが大事なんじゃないかと思いました。

 

 

 あとがき

大学から帰ってくる途中にふと考えが思い浮かんで、「!」って思って即記事に書きました。

「思考のブラックボックス化」のあたりは今読んでいる↓の本に影響されていたり。

質問力―論理的に「考える」ためのトレーニング

質問力―論理的に「考える」ためのトレーニング

 

 10年くらい前の本ですが…図書館でたまたま見つけて面白そうだったので。

 

ちなみに「最適化」っていう言葉はまさに自分の思考のクセの一つです。

大学で最適化理論絡みの講義をいくつも受けているため身近で、

結構日常的に使ってしまいます。

 

最近は「局所最適化」「大域的最適化」っていう言葉も

思考に使えそうだなーと企んでいたり。