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ゆらのふなびと

競プロ, Python, C++

”本当に頭がいい人”は簡単な言葉で人に説明できるか?

 

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 「本当に頭がいい人は、物事を簡単な言葉で人に説明できる」とよく聞きます。確かに「簡単な言葉で説明する」というのは真に理解していなければできないことで、「頭の良さ」の一つの指標とはなるでしょう。でも、ここで言われている「本当に頭の良い」とは何なのだろう? ということを考えると、なんだかとっても”都合のいい言い方”にしか思えないのです。

 

 

 そもそも「物事を理解する能力」と「簡単な言葉で説明できる能力」は別物です。相関はあっても同一ではないです。それぞれに固有の練習が必要。簡単な言葉で説明できない人であっても、自分より難しいことを理解する能力がある/努力をしたという点においては尊敬に値する、ということもあるはずです。

 

 それに、抽象的なことや複雑なことを語るためには、相応の語彙が必要です。だから ある程度個人の持つ語彙が離れてくると、説明不可能な物事ってどうしてもでてくるだろうなーと。それを解消したいと思ったら、説明する側が物事を簡単化したり情報をそぎ落としたりするか、理解する側が学ぶことによってお互いの距離を縮めないと無理です。

 

 

 つまり、「本当に頭がいい人は、簡単な言葉で説明できる」という言葉には、「私にも分かる言葉で説明して」というエゴを感じてしまうのです。「理解する」努力を自分がしようとせず、「理解させる」努力を一方的に相手に求めるだけ。

 

 理解って、お互いの協力の結果だと思うんですよ。AがBに与えるのでもなく、BがAを読み取るのでもなく、AとBの間にCが生まれる…みたいな。しかもAとBはCを違う角度から見ているから、考えていることが完全に一致するわけではないという。

(ちょっとそれた)

 

 

 相手の説明が理解できないからって他罰的になりたくないなーと。ネットだとよく、いろんな記事について「もっとわかりやすく書け」「ちゃんと読め」という不毛な論争が起きてますが、お互いが自分にできる努力をして、相手を尊重していれば、そんなことは起こらないんじゃないかなと思ったりします(すっごくいい人みたいな言い方ですが)。