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ゆらのふなびと

競プロ, Python, C++

♪Opposite World/幽閉サテライト ~正解は無数、対立は無意味




  「世界には無数の正反対がある。でも、それどれもが”正しい”」

 

 そんなメッセージを、私はこの曲から感じ取りました。

 

 

♪Opposite World/幽閉サテライト

 

原曲:亡き王女の為のセプテット
作詞:senya
編曲:Iceon
歌:senya

 

間違いを正す その心はあぁ
朽ち果てた草や木に
水をそそぐ様 だけれど
意味もなくそれを「善」と感じて
闇雲に向かう先 それを「支配」と呼ぶ

「明日は晴れる」「きっと雨が降る」などと当たり前に
過ごした日々が こんなに遠くになってしまうなんて

-今-

止まぬ霧雨 見えぬ光が
世界を赤く 染め上げてしまうのか
薄い記憶を 辿っていけば
この血液は 覚えているのか
争いの「タネ」を

そっと腰掛ける 背の高い座には
見渡せる仕組みには作られていない
それ故 その眼頭 身体を駆使して
目に見えぬ無意味にも 意味を生れさせて

剣を向けた私にさえ 優しく微笑み返す
「これまでの戦いの意味」を 忘れてしまう程に

-何故?-

得体の知れぬ生き方をする
お前のような者も 有りと言える
鏡を照らして合わせてみても
全てが同じとは言えないから
同じはないから

止まぬ霧雨 見えぬ光が
世界を赤く 染め上げてしまうのか
薄い記憶を 辿っていけば
この血液は 覚えているのか
争いの「タネ」を

 

 

 

間違いを正す その心はあぁ
朽ち果てた草や木に
水をそそぐ様 だけれど
意味もなくそれを「善」と感じて
闇雲に向かう先 それを「支配」と呼ぶ

 

 「自分の知っていることを相手に教えてあげよう」というのは、純粋な親切心でもありうる。でも、「これが絶対正しい」なんてものはない。よくいるじゃん。なんでも自分のやり方でやらせないと気が済まない人。あれも言ってみれば「支配」なんだよね。みんなを自分の思い通りにする。相手を屈する。それはもはや親切の欠片もない、ただの暴力だ。

 

「明日は晴れる」「きっと雨が降る」などと当たり前に
過ごした日々が こんなに遠くになってしまうなんて

 

 Aメロが一般的な話だったのに対し、Bメロは一気に身近な話。主人公と、恋人なんだろう。この構成は2番でも同じ。

 Aメロで出た「正しさの支配」は、こんな日常の風景すら破壊してしまいうるということ。「支配」というと大きな社会的なものを思い浮かべるけど、個人同士のケンカでも原因は同じなのかもしれない。「自分が正しい」っていう思いを捨てきれなくて。自分と相手の「違い」を、お互いに認めることができなくて。たったそれっぽっちのことで、大切な関係は壊れてしまいうる。

 

-今-


止まぬ霧雨 見えぬ光が
世界を赤く 染め上げてしまうのか
薄い記憶を 辿っていけば
この血液は 覚えているのか
争いの「タネ」を

 

 自分の正しさを信じ切った人には、もはや相手は見えていない。止まぬ霧雨でお互いが見えない。するとどんどん対立は深まり、世界が憎しみに染まってしまう。

 今世界にある対立も、きっとどこかに始点はあったのだろう。でも、その最初のきっかけってそんなに大きなものだったんだろうか。「違いをみとめられなかった」。ただそれだけの話なんじゃないだろうか。きっかけは些細だからこそ、人は忘れていって、そこに憎しみだけが残る。負の感情は根深いから。それに”支配”されて。人は何も見えなくなって。相手を支配しようとした結果が結局、自分が感情に支配されてしまう。

 ここでの「覚えているのか」は2番Bメロの「忘れてしまうほどに」に呼応する。つまり、覚えてないだろうし、覚えていたとしてもほんの些細なこと。

 

そっと腰掛ける 背の高い座には
見渡せる仕組みには作られていない
それ故 その眼頭 身体を駆使して
目に見えぬ無意味にも 意味を生れさせて

 

 2番のAメロはちょっと話が変わる。いや、同じか。「支配」と「力」で関係してる。

 「背の高い座」には、偉い人が座ってそうな気がする。ってことは、この人は何らかの権力を得たんだろうね。でも、偉くなったところで、世界のすべてが分かるようになったわけじゃなかった。それが納得いかなかったのかな。分からない部分を埋めようとして、ないもの=観念を創り上げて、それを大事にするようになる。でっかいことを言えば宗教。それで未知の文脈を埋め尽くそうとした。すべてが分かるなんて、そんなこと、どこまで行ってもあるはずないのに。でも「わからないと知りたいと思う」というのは、人の性なのかもしれない。よく言えば好奇心であって、人の世界を発展させてきたものでもある。

 

剣を向けた私にさえ 優しく微笑み返す

「これまでの戦いの意味」を 忘れてしまう程に


-何故?-

 

 観念に価値を見出すのは人間の普遍的性質かもしれない。でも、どんな観念が作られるか、どこに価値が見いだされるかは、集団によっても個人によっても違う。すると、「こっちの方が正しい!」「いやこっちの方が!」と不毛な論争が始まる。その感情の刃は人殺しにまで至ることもある。あるいは、もっと身近なことを言うなら、自分の正しさを相手に認めさせたくて、相手を攻撃してしまう。「論破」みたいな。「剣」はその攻撃心のメタファーだと取ることもできる。

 でも、彼は優しく微笑み返すわけだ。つよっ…。普通攻撃されたら攻撃し返したくなっちゃうんだけどね。「自分が正しい」と思い込んでなくても、理不尽に傷つけられたらやっぱりやり返したくなっちゃう。でも彼は笑ってる。ああ、こういう人が世界を幸せにするのかもしれない。

 なんでって、その微笑みの前では「これまでの戦いの意味」なんてのは無に帰されるわけですよ。もともとしょうもないきっかけだったんだろうけど、それでも負の感情っていうのはなかなか消えるもんじゃない。それが、相手の微笑みを見た途端、「あれ? 私、なんで攻撃してるんだっけ…」ってなる。これは、笑顔ってすごいってことでもあり負の感情なんてその程度だということでもある。前者について言うなら、ケンカしてるときに自分から相手を許せる心っていうのは大事だし、後者についていうなら負の感情は自分で気づいた瞬間にシャットアウトするぐらいのつもりでいろということ。

 

 で、彼はね、なんかもう悟ってるわけですよ。

 

得体の知れぬ生き方をする
お前のような者も 有りと言える
鏡を照らして合わせてみても
全てが同じとは言えないから
同じはないから

 

 もう…ここだなあと。自分と違う存在は、言ってしまえば「得体の知れぬ」存在だ。違和感はあるし、気持ち悪いとさえ感じてしまう。この感情は拭えない。自然なことであって、なくさなきゃいけないなんてことはない。剣を突きつけられて笑ってられる彼だって、この感情はなくせていないんだから。でもその「得体の知れない」ものを、それもいいんだと受け入れられるかどうか。違和感⇒おかしい!お前も俺と同じようにこうしろ! ってなっちゃうと、いけないわけだよね。要はそれだけ心を広く持てるか。「それどうなん…」とか言いたくなる気持ちを抑えるのって結構難しいんだけど、それができるようになるだけで自分も周囲もぐっと幸せに生きられる気がする。だって「自分のしたいことやって、何も文句言われない」んだもん。みんなハッピーでしょ。そうでしょ。

 そして大好きなのが最後の2行。こういう「A→A’」的なリフレインで、ぐっとくることを言われるとしびれます。

 

  同じはないから。

 

 蓋し名言。

 

 

 

 この曲のタイトルは「Opposite World」だけど、Opposite World=正反対の世界 なんて、この世にいくらでも存在すると思う。0と1が対極に存在して他はないっていう単なる二元論ではなくて、世界(価値観)が無数にあって、「正反対もあれば近いのもある。でも、一つとして同じものはない」ってイメージ。

 

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 で、この無数の世界をどうするかと言ったら、別に中心にまとめて一つにしようってことではない。そうじゃなくて、この状態を保つ。

 つまり、”Opposite World”は無限にあるし、無限にあっていい。自分のやり方と相手のやり方が違ってイライラすることもあるかもしれないけど、どちらかのやり方に統一する必要もないし、相談してお互いの妥協点を新しいやり方にしようとかいうことでもない。無数の正解は、そのままで。そのままで守られるべきものなんだ。一人一人違う「大切にしているもの」を、お互いに尊重し合おうよ…そんな気分に、今、なっています。

 

 最後がまた「止まぬ…」で終わってるのは、ちょっと悲観的だからなんだろうな。彼の「同じはないから」で終われればよかったんだけど、現実問題そうでもないと。無意味に対立して攻撃しあう人ばっかり。でも争いの種なんて覚えてないでしょ、無意味なんだよ…そんな彼女の悲痛な叫びで終わる気がします。

 

 

 

 

あとがき

 前回の『カフカなる群青へ』はテーマをかっちり考えてから書いたんですけど、今回はもうぼんやりしたまま書いてみました。そして歌詞の流れを辿りながら、即興的に思ったことを吐き出していった、というスタイルです。

 こういうのの方が合ってるかもしれません。物語を読んでで、「うおおーーーっ!」ってなることはあるんですけど、いざ読み終わってから書こうとするとそれを取り戻すのとかまとめるのとか、けっこうしんどいんですね。で、その間に熱が冷めてしまう。今回はもう「書きながら感じる」かつ「感じながら書く」だったので感情を無駄にせずに済んだかなーと思います。ただ俯瞰して読んでいないので整合性は取れていないですし感情もブレブレです(背の高い椅子の権力の話とか結局よくわからんかったw)

 核を摘み取ろうとすると、正しく読まなきゃいけないって感じたり、自分の感じたことの説得材料を意図的に集めてしまったりっていうのがあったんですね。なのでこういう読みながら吐き出し型はいろいろ考えずに感情を優先できていいと思いました。ただ、これは短い「歌詞」という対象だからこそできるという面もあります。

 

 ではー。

 

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