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ゆらのふなびと

競プロ, Python, C++

価値なんてもともと虚構。不安定で当たり前だ!(『マルドゥックスクランブル』 感想1)

・(2 p.116~ プロフェッサー/楽園に乗り込んだボイルドを迎えて)

人間の定義とは何か? 価値という観念を理解するかしないかだ。幼児は、まだ価値という観念を理解しきれない非常に動物的な存在だが、価値を学び、自己の価値を創り上げる方法や、物事の価値、他者の価値をみとめ、高める方法を覚えることによって、初めて人間として社会へ参加するようになる。」

 

「ウフコックは、価値を知っている/最初はただ単に、生体ユニットとして、ネズミの新陳代謝のシステムが非常に適しているという理由で、たまたまあのネズミが選ばれたに過ぎなかった。だが、やがてネズミは知能の増大によって、人格を手に入れた。価値という観念を理解し、一匹の動物から、ウフコックという名の存在になった。ウフコックは、自分自身の価値を築こうとし、他者の価値をみとめようとした。それが、人間がここまで拡大した社会をもつことができた最大の理由であることを理解したからだ。無数の危機を乗り越えながら――人間の意志は、つねに社会を新たに創り上げ、高度に発展させようとする。ウフコックが、自ら進んで人間の社会病理に関わろうとするのも、その意志によるものだ」

 

人間は、どんなものにも本当は価値などないことを心の底では知っている

 

・(3 p.191 アシュレイ)「我々が生きていること自体が偶然なんだ。そんなこと、ちっとも不思議じゃないじゃないか?偶然とは、神が人間に与えたものの中で最も本質的なものだ。そして我々は、その偶然の中から、自分の根拠を見つける変な生き物だ。必然というやつを」

 

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 物語の本筋とは違うのだけれど、なるほどと思ったところがあったので。

 

 「有意味感の継続」って本当に難しい。自分のためになると思って始めたことも、そのうち「こんなことしてて意味あんのかな…」「何の役に立つんだろう」とか思ってしまったりする。もっと言うと、生きることだってそう。「生きてて何の意味があるんだろう」「何のために生きてるのか」そんなことをふと思ってしまう。

 

 そういう疑念はなかなか晴れることなく、心に影を落とし続ける。やりがいを持って生きれたらそりゃいいだろうけど、別にやりたいこともないし。物質が充足した僕らには「ひもじい思いをしたくないから金持ちになろう!」なんていうわかりやすいモチベーションはないわけで。

 

 でも、意味なんてものは、そもそも実際にあるかないかじゃなくて、ただの観念、虚構なのだ。だからたまには疑っちゃっても当然。疑ってしまうのは悪いことじゃないし、意味が「あるかどうか」なんて問いに悩む必要はこれっぽちもない。

 

 言ってしまえば、価値を信じることは一種の「ライフハック」だ。心から100%信じることはできないかもしれない。でも、ちょっとでも「ある」と思えたらその方が楽しく過ごせるはず。だったら価値があると思っておこうよ、ってことにすぎないのかもしれない。

 

 そうやって「程よく割り切る」。そんなスタンツでいいんじゃないかなと思えた。

 

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 もう一つ上の言葉たちから思ったのは、「価値を認め合うことは大切」ということ。

 価値を自分で信じ続けるのはつらい。疑問が首をもたげてくるのは自分の内側においてだ。そういうぐらぐらしたものだからこそ、「いいな」って思ったことは素直に伝えてあげたいな、なんて思った。

 

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 この記事書きながらずっと、「こんなこと時間かけて書いて意味あるのかな…」っていう虚無感と戦っていたことを最後に記しておきます。