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ゆらのふなびと

競プロ, Python, C++

自分を変えるために乗り越えるべき3つの抵抗~有意味感の喪失にどう立ち向かうか?

 今朝(だったっけ)、自分を変えるためには3つの抵抗を乗り越える必要があるなどと思った。

 

1.受容抵抗

2.実践抵抗

3.継続抵抗

 

タイトルは3の問題である。

 

1.受容抵抗というのは、「ある主張を素直に受け入れられるか」ということ。「自分には無理」「そんなのきれいごと」とか言って自分から切り離しているといつまで経っても変わらない。

 

2.実践抵抗は、「理解したことを、実際行動に移せるか」。めんどくさい、自分には無理、恥ずかしい、試しもせずに「でもこっちの方がいいんじゃないか」とか頭でっかちになるなど。 対策としては、「とりあえずやってみる」を繰り返して習慣化する。

「いつかやろうと思ってるんだけど結局…」という場合は、期日を設けるのがいい。

 

1、2は一度乗り越えればそれで終わり。しかし3.継続抵抗は何度でも襲ってくる。

パッと思いつく対処法は「習慣化」すること。毎日この時間にこの場所でやるとか決めるといいらしい。英単語だったら1日10個寝る前に布団の上で、とか。

 

でもこれは「怠惰さ」に対する対処だ。「なんでこんなことしてるんだろう…」「何の役に立つのかな?」そういう有意味感の喪失の前には習慣化はむしろ毒にさえなりうる。なぜなら意味も感じられないのにその行動を続けなきゃいけないのは苦しく、そうすると一層嫌になってしまうからだ。(もちろん、「意味を見失ってる時でも決めておけば続けられる。意味を見失うなんてのは一時的なものであってそのうち気分が戻る」という主張もある。ここは一長一短)

 

では、この人間の大敵「有意味感の喪失」にどう立ち向かうか?

 

過程を楽しくする

 有意味感の喪失が起こるのは、「疑ってしまう」から。疑うきっかけを少なくすれば有意味感の喪失も減る。楽しかったら疑うことは減る。よって過程を楽しくすればよい。

 例えばイベントの準備みたいにゴールに大きなやりがいが待っていたとしても、その過程が地道な準備ばっかりだったらやっぱり続けることは苦しい。よく働いてる人のインタビューで「普段の仕事は大変ですが製品が出来上がった時の喜びは最高です」なんて言ってるのがあるがあんなのは物事の一面しか見えなくさせるバイアス器でしかない。だいたい「最後の喜びを得るためには苦しまなきゃいけない」と前提にしてる時点で考えが古い。

 楽しかったらやりたい。それが自分の役にも立つんだったらなおさら。「楽しみ」があると、それが先にあって「役に立つ」は後から来るもの、という捉え方ができると思うのだ。

 

目の前を見る/視野を広げる

 つらい時にはその「つらさ」しか見えなくなっていることが多い。「なんでこんなことしなくちゃいけないんだ」「ただしんどいだけじゃないか」っていうやつ。そういう時はその「つらさ」以外の部分に目を向けたらいい。

 1つめは「目の前を見る」。たとえば仕事だったら、その相手になる人がいるはずで。当事者だと意外と気づかないけど、自分のしていることがその目の前の人の役に立っていたりする。自分の活動がなければ相手の活動が進まないとかね。あるいは個人的な活動だったら、「どれだけやったか」「どれだけできるようになったか」を可視化する。問題集が今日2ページ進んで1週間で10ページできたじゃないかとか、先週は解けなかったこの問題が解けるようになったじゃないかとか。自分で自分をほめてあげるってのに近い。

 2つ目は「視野を広げる」。たとえば自分の仕事が回り回って社会のどういうところに役立っているだとか、自分が今していることが将来の自分にどうつながるかとか。こういう想像力を鍛えられると強い。

 どちらにしろ、つらいときには「つらいー!」ってことしか頭にないから、それ以外の生産的な部分を見ようという点では同じ。

 

信じる

 いや、もう元も子もないけど。結局物事に意味や価値が「あるかどうか」って、それを「信じられるかどうか」という問題でしかない気がしてきた。そもそも「価値」という概念が虚構だし(ここらへんマルドゥックスクランブルの影響を大いに受けている)。

 一つ参考になるのは、ジョブズさんがスタンフォードで言ってた、「点と点をつなげる」という話。ジョブズさんは大学に入ったものの高い学費を払っていく意味を見いだせなくてやめたんだけど、正式に退学するまでの間は自分の大学が一流だったカリグラフィの講義にでまくったと。そこで美しい文字はなぜ美しいのか、適切な時間はどんなものかとかを学んだ。その時は純粋にそれが楽しくてやっていたんだけど、Macを作るときにその経験が役に立ったと。人生何が役に立つかわかんない。だから「自分が今やっていることは、いつか何かにつながる」と信じてやってほしい。そんなことをおっしゃっていました。

 確かにそうだなあと思う節はある。というか大学で学問を修める身としてはそうでもしないとやってらんない(大学には有意味感を与えてくれる存在はいないから)。

 

 

 ジョブズさんにしても「楽しかったから」続いたわけで、やっぱり物事を続けるうえで「楽しさ」っていうのは一番純粋な原動力かもしれないなあと思ったり。