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ゆらのふなびと

競プロ, Python, C++

多様な評価尺度にさらされるべき?

考えたこと

 

 

 自分を認めてくれる場所があったとする。例えば「学校」という空間では成績が良くて褒められるとか。そうしたら、そこに居続けたくなる。

 それがずっと続くわけではないことに気づく。それでも昔の扱われ方から離れることができなくて、周りの尺度は変化していくのに自分だけが変わらないまま。

 その行き着く果てはきっと暗い。なにかと人を見下しながら、それでしか自尊心を保てずに、惨めに社会から切り離されていく。

 

 恐れて閉じこもっていては、外に出るのが余計つらくなって、内向きの負のスパイラルが続くだけ。

 

 「エリート馬鹿」にならないためには、多様な評価尺度にさらされ続ける必要があるんじゃないか。

 

 1つすぐれているから他は頑張らなくていいなんてことはない。例えば研究を頑張りたいと思ったら、人脈や発表力も必要。

 

 いろんな成長を、有機的につなげなきゃいけない。とにかく、「自分から殻を閉ざしたら終わり」という感じがする。