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ゆらのふなびと

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『教養としての大学受験国語』

「現代文」は一体何を言っていたのか。それを紐解いてくれる本です。練習がてら1冊目の紹介です。

 

「現代文」やら「国語」というのはよく「答えがない」「センスの問題だ」と揶揄され、私も他の理系学生と同様に嫌いでした。でも、その内容はときどき面白いと思うことがありました。例えば、「ウォークマンの普及によって、人は部屋の外でも自分の"部屋"をそのまま持って移動できるようになった」とか、なるほどなあと思ったのを覚えています。

 

私の世代にとっては、ウォークマンiPodも当たり前の物です。しかし、上の世代にはそうではない。「当たり前」が違えば、考えることも変わってくる。そこで人文科学の人たちは、「新しいものが人にどのような影響を及ぼすか=感性の変化」を問題にします。*1

 

これは「モノ」に限りません。昔は土地や血縁に基づいた社会で、自分の役割は生まれながらにして決められていた。でも今は大きな国家という枠組みの中で大勢の人間が育ち、思い思いの道を歩む。この差は一体何を生むか?*2

 

今がどういう時代なのかを知ることは、私たちが何を「当たり前」と思っているのかを知ることです。そうすると視点が広がりますし、自分にとって当たり前だったことが当たり前でなくなる感覚というのは、純粋に心地よいと思います。

 

 

この本は実際の大学受験国語の問題を解きながら人文科学の各テーマを知るという構成をとっていますが、「国語が辛い…」という人は問題文を参考文献として読むだけでもいいでしょう。実際私も記述問題は飛ばしてしまいましたし(笑)、テーマの解説はしっかり筆者がしてくれていますので。

 

初版は2000年ですが、まだまだ色褪せていない名著だと思います。筆者の語り口も軽快で読みやすいので、様々なテーマへの第一歩として最適ではないでしょうか。

 

 

教養としての大学受験国語 (ちくま新書)

教養としての大学受験国語 (ちくま新書)

 

 

*1:これについては第6章「情報」に記されています

*2:この問いの答えは第1章「近代」に第3章「自己」にあります